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2016年1月14日 (木)

国が高等教育に予算を付けないで大学改革を進めるとどうなるか?(4)

以上のように、国からの追加的な財政支出を前提にせず、大学改革を進めようとすれば、どんな思考実験をしようとも手詰まりになる。大学が財務面で窮乏化すれば、結果的に、我が国の教育・研究水準は相対的に低下することになる。どう取り繕っても大学自ら成果目標を下げざるを得ず、比較可能なデータでみれば、国際的な地位の低下がじわじわと続くことになるだろう。

 

もしも、国立大学に企業並みの競争を求め続けるのが正しいと判断しているのであれば、一定の移行期間を設けて私学化することにしたらどうか?文科省が検討している規制緩和のネタは、私学では既に実現していることばかりである。要は、私学になれば自動的に付いてくるのである。各大学から出てくる余剰人員の整理のためには、期限付きの清算事業団を設ければよい。また、国による財政支出が低減していくので、受益者負担が増加することになる。奨学金の拡充がなければ、家計から負担可能な範囲で、大学を個性に応じて経営していくことになるだろう。例えばST比の目標に応じて、授業料もそれぞれが決めればよい。私学化政策により授業料には競争の効果が表れるだろう。ただし、世界レベルの大学からはほど遠い教育研究水準の大学ばかりになっても、おかしくない。しかし、国が財政の論理からそれで仕方がないと考えれば、議論の余地はない。そうなれば、我が国から最優秀の頭脳が流出していくだけである。教授も学生も、自分にふさわしい大学を求めて海外に行けばよい。何も窮乏化した大学にしがみついている必要はない。国は、安上がりの高等教育を目指して、予算削減に成功したと評価していればよい。産業界は、外国の大学に流れた学生から人材を捜せばよい。経済格差は学校教育のプロセスを通じて拡大することになるが、あえて国立大学を解体したのだから諦めてもらうしかない。大学改革で何とかなると国民を騙すのは止めにしてもらいたい。

 

 

 

 

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コメント

博士や法科大学院の行く末を見るとそもそも
そこまで高等教育へ投資することが正しいのか疑問です。
ハジュンチャンの例を見ても高等教育への投資が経済成長につながる
エビデンスは無いわけですし

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