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2020年1月14日 (火)

なぜ文科省への私学からの批判が激しくなっているのか?

私立学校法改正に伴う学校法人の寄付行為改正の手続きが進められているが、学校法人に対して他の法人類型の制度を押し付けるような法改正に対して、私学の経営者たちは、反発を隠そうとしていない。私学の独自性を否定されているとまで表現する向きもある。また、文部科学省は、結局のところ、地方及び小規模の私立大学から切り捨てる方針なのではないかと私学関係者は危惧している。財政支援は抑制する一方、統治ばかり強化するとして、文部科学省への不満は高まるばかりである。さらに、修学支援措置の対象機関となる要件に対しても不満は強い。学生への個人補助であるにもかかわらず、学生と関係がない要件を持ち出して、私学の自主性に介入することへの不当性を指摘する声は大きくなっている。この件では、既存の個人補助との整合性に不安を述べる関係者も多い。教育無償化が修学支援に変質し、既存制度との整合性を示さないままに、当面は既存制度も維持という程度でみなが納得するわけがない。文部科学省には、官僚=テクノクラートとしての信用もないのである。加えて、国公私立の役割見直しは店ざらしのままで、やるべきことを先送りし、やるべきでないことばかり急いでいる国=文部科学省への批判は留まることを知らない。

文部科学省は、高等教育の規模について、中教審においても明確な指標を示せていない。人口減少⇒経営環境の悪化⇒競争の激化⇒優勝劣敗で統廃合⇒大学数・入学定員の減少という暗黙のシナリオは意識せざるを得ないが、国立を含めて、正々堂々と2040年までの縮小目標を提示すべきではなかったのか?こうした重要な議論を避けていながら、官邸主導で決まってしまった新規施策だけは、命令通りに何も考えず実施しようとするのでは、高等教育の8割を担う私学からは迷惑以外の何物でもない。人口減少期に入っているために、私学経営は、未来が見通せず余裕が持てなくなっている。私財を投げ打って法人を設立しているので、破綻すれば、経営者には地位も財産も残らない。もっとも、国立大学からも、同様に好意的な評価を聴かない。大学業界からの不審の眼を、文部科学省の幹部はどう考えているのだろうか?

国連が推進するSDGs(持続的開発目標)の17ゴールのうち、日本は、教育分野では達成度合いが高いとされているが、経営環境の悪い地方及び小規模の大学を他と一律に扱うことによって、事実上切り捨てれば、教育機会の格差は拡大に向かう。当初は教育無償化がうたわれていた修学支援の個人補助の制度設計・配分にも、一工夫あってよいのではないか?私の懸念が外れなければ、この新規施策によって、費用対効果の観点から、歳出の無駄が積み上がっていく。そうなれば、国民からの痛烈な批判(文部科学省無用論)は避けられないのではないか?私学を始めとする大学業界は、既に文部科学省を当事者能力の面で見限っていると思うが、このままでは組織的に敵視するようになる日も近い。果たして、霞が関で影が薄い文部科学省は、大学からの四面楚歌でやっていけるのだろうか?

 

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